先の見えない不妊治療の道のりの中で、心と体の負担を少しでも和らげ、妊娠の可能性を高めるためのもう一つの選択肢として注目を集める「不妊鍼灸」。
しかしその一方で、その効果や費用、通院の手間といった現実的な側面について、不安や疑問をお持ちの方も少なくないのではないでしょうか。
この記事では、そんな不妊鍼灸をこれから始めようか迷っている皆様のために、そのメリットだけでなく、事前に知っておくべき「デメリット」や「効果が見られないケース」について、専門家の視点から正直に解説していきます。
不妊鍼灸とは?
不妊鍼灸とはその名の通り、妊娠を望む方々の体質改善を目的として行われる専門的な鍼灸治療のことです。
東洋医学の考え方に基づき、髪の毛ほどの細い「鍼(はり)」や、よもぎから作られた「灸(きゅう)」を用いて、全身にある「経穴(けいけつ)」、いわゆるツボを優しく刺激します。
この刺激によって滞っていた「気」と「血」の巡りをスムーズにし、自律神経やホルモンバランスの乱れを整えていきます。
それは、西洋医学のように薬や手術で直接的に病巣にアプローチするのではなく、人間が本来持っている「自然治癒力」や「生命力」を内側から静かにそして力強く引き出し、妊娠しやすい健やかな体という「土壌」そのものを育んでいくことを目的としたオーダーメイドの治療法なのです。
不妊鍼灸のデメリット
多くの可能性を秘めた不妊鍼灸ですが、治療を始める前に知っておくべき現実的な側面、すなわちデメリットについても正直にお伝えしておく必要があります。
デメリット①定期的に通院する必要がある
不妊鍼灸は一度の施術で劇的な変化が現れるものではありません。
乱れた体のバランスを本来あるべき健やかな状態へと戻していくためには、ある程度の期間定期的にそして継続して通院する必要があります。
治療の頻度はその方の体の状態や治療の段階によって異なりますが、一般的には週に1回あるいは2週間に1回程度のペースで通院することが推奨されます。
お仕事やクリニックでの治療と並行してこの通院時間を確保する必要があるという点は、事前に理解しておくべきポイントの一つです。
デメリット②体質改善に時間がかかるケースがある
人の体質は長年の生活習慣の積み重ねによって作られています。
そのため、その体質を根本から改善するには、やはり相応の時間が必要となります。
特に冷え性が深刻であったり長期間ホルモンバランスが乱れていたりといった場合は、その土台を整えるまでに3ヶ月から半年、あるいはそれ以上の期間を要することも決して珍しくありません。
「すぐに結果が出ないと焦ってしまう」という気持ちもよく分かります。
しかし鍼灸治療は即効性を求めるものではなく、じっくりとご自身の体と向き合っていく長期的な取り組みであるということをご理解ください。
デメリット③効果に個人差がある
人間の体が一人ひとり全く違うように、鍼灸治療の効果の現れ方にも当然大きな「個人差」が存在します。 数回の施術ですぐに冷えや月経痛の改善といった体の変化を実感される方もいれば、なかなか目に見える効果が現れにくいという方もいらっしゃいます。
またその日の体調やストレス、あるいは季節の変化によっても効果の感じ方は変わってきます。
「友人はすぐに効果が出たのに私は…」と他の人と比較するのではなく、ご自身の心と体の小さな変化に耳を澄ませ、焦らず治療を続けていくことが大切です。
デメリット④保険診療の適応外である
現在日本の公的な健康保険制度において、不妊治療を目的とした鍼灸治療は残念ながら保険適用の対象外となっています。
保険が適用されるのは、神経痛やリウマチ、腰痛症といった特定の6つの疾患に対して、医師が鍼灸治療の必要性を認めた(同意書を発行した)場合に限られています。
したがって不妊鍼灸の施術費用は全て「自由診療」となり、全額自己負担となります。
治療を始める前にその費用について鍼灸院にきちんと確認し、ご自身の経済的な計画と照らし合わせて検討することが重要です。
デメリット④医療費控除を受けるのに条件を満たす必要がある
不妊鍼灸の費用は保険適用外ではありますが、一定の条件を満たせば「医療費控除」の対象として確定申告で申請することが可能です。
その最も重要な条件が、その鍼灸治療が「不妊症という疾患に対する治療目的である」ということです。
単なる健康維持やリラクゼーション目的では認められません。
そのため、医師による不妊治療と並行して鍼灸治療を受けているという事実が、治療目的であることの客観的な証明となります。
また申請には鍼灸院が発行した治療目的が明記された領収書が必ず必要となります。
不妊鍼灸のメリット
デメリットについてお話ししてきましたが、もちろんそれを上回る多くの素晴らしいメリットが不妊鍼灸には存在します。
メリット①身体をリラックスさせられる
不妊治療は先が見えない不安や焦り、そして周囲からのプレッシャーなど非常に大きな精神的ストレスを伴います。この慢性的なストレスは自律神経のバランスを乱し、血流を悪化させホルモンバランスを崩す大きな原因となります。
鍼灸治療には、心身を深いリラックス状態へと導く高い効果があります。
鍼やお灸の心地よい刺激によって副交感神経が優位になり、筋肉の緊張がほぐれ心が穏やかになります。このリラックス効果こそが、ストレスによって乱れた体の機能を正常な状態へと戻していくための第一歩となるのです。
メリット②ホルモンバランスを整える
ストレスや疲労、冷えなどによって自律神経のバランスは乱れがちになります。
鍼灸治療はその中枢に働きかけ、体のオンとオフのスイッチを正常に切り替えられるように整えていきます。
自律神経のバランスが整うことで、その指令を受けているホルモンの分泌もまた安定していきます。
これにより、乱れていた月経周期が改善されたり質の良い排卵が促されたりといった、妊娠の土台となる体のリズムが整えられていくのです。
メリット③血流が良くなる
鍼灸治療の最も大きな効果の一つがこの「血流改善」です。
特にお腹や腰、足元にある婦人科系のツボを刺激することで、骨盤内の血流を集中的に高めることができます。
子宮や卵巣へ新鮮で栄養豊富な血液がたっぷりと送り届けられることで、子宮内膜は厚くそして柔らかくなり卵子の質も向上します。
これはまさに妊娠という新しい命を育むための「畑」に、たっぷりの水と栄養を与えその土壌を豊かに耕していく作業といえるでしょう。
メリット④副作用がない
鍼灸治療は、ご自身が本来持っている自然治癒力を引き出すことを目的とした、非常に穏やかな治療法です。
不妊治療で用いられるホルモン剤などのように体に大きな負担をかけたり、深刻な副作用を引き起こしたりする心配がほとんどありません。
もちろん施術後に一時的なだるさや眠気(好転反応)が現れることはありますが、それは体が良い方向へと変化している証拠でもあります。
薬に頼らずご自身の体の力で体質を改善していきたいと考える方に最適なアプローチといえるでしょう。
メリット⑤西洋医学と併用できる
鍼灸治療の大きなメリットの一つが、クリニックで行われる西洋医学的な不妊治療とスムーズに併用できる点です。
例えば、体外受精の採卵周期に合わせて、卵子の質を高めるための治療を行ったり、胚移植の前後に子宮内膜の血流を改善し着床しやすい環境を整えます。
あるいはホルモン剤の副作用(ほてり、頭痛など)を緩和するための治療を行うといった、 西洋医学の高度な治療と東洋医学の体質改善アプローチを組み合わせることで、それぞれの長所を活かし相乗効果を生み出すことが期待できるのです。
不妊鍼灸で効果が出ないケース
多くのポジティブな効果が期待できる鍼灸治療ですが、やはりその効果が及びにくい、あるいは適応外となる不妊の原因も存在します。
それは、子宮や卵管、卵巣などに物理的なあるいは構造的な異常がある場合です。
例えば
- 卵管閉塞・卵管狭窄: 卵子の通り道である卵管が完全に詰まっていたり狭くなっていたりする。
- 子宮筋腫・子宮内膜症: 子宮の内側や外側に良性の腫瘍や組織ができており、それが着床の妨げとなっている。
- 子宮の奇形: 子宮の形が生まれつき通常とは異なっている。
- 無精子症: パートナーである男性の精液中に精子が全く存在しない。
といったケースです。
これらの場合は、まず西洋医学的な手術や体外受精といった高度な治療が不可欠となります。
鍼灸治療はあくまでその治療をサポートするという位置づけになります。
不妊鍼灸で効果が出るケース
では、鍼灸治療が特にその力を発揮しやすいのはどのようなケースなのでしょうか。
それは西洋医学的な検査では夫婦ともに特に明確な異常が見つからないにも関わらず、なぜかなかなか妊娠に至らない、いわゆる「原因不明不妊」や「機能性不妊」と診断された場合です。
このようなケースでは、目に見える器質的な問題ではなく、目には見えない体の「機能」のどこかに不調和が生じていると考えられます。
- 冷え性: 慢性的な体の冷えによる血行不良。
- ホルモンバランスの乱れ: ストレスや不規則な生活による月経不順や排卵障害。
- 自律神経の失調: 心身のオンとオフの切り替えがうまくできず、常に緊張状態にある。
- 卵子の質の低下: 加齢や血行不良による卵子の老化。
- 着床障害: 子宮内膜が十分に厚くならず、受精卵が根付きにくい。
こうした体質的な問題は、まさに鍼灸治療が最も得意とする領域です。全身のバランスを整え妊娠しやすい体という「土台」を作り上げていくことで、妊娠の可能性を大きく高めることが期待できます。
不妊鍼灸を扱う鍼灸院の選び方
不妊鍼灸の効果を最大限に引き出すためには、「どの鍼灸院で治療を受けるか」というパートナー選びが何よりも重要になります。
まず大前提として、不妊治療に関する専門的な知識と豊富な臨床経験を持つ鍼灸院を選ぶことです。
ウェブサイトなどで不妊治療に対する考え方や実績をきちんと公開しているかを確認しましょう。
次に西洋医学の不妊治療に対しても深い理解があるかという点も重要です。
クリニックでの治療段階に合わせて最適な施術を提案してくれるか。必要であればクリニックと連携を取ってくれるかといった、柔軟な対応ができる鍼灸院が理想的です。
そして何よりも大切なのが、施術者である鍼灸師との「相性」です。
あなたのデリケートな悩みや不安を親身になって聞いてくれるか。
安心して心と体を預けられる信頼関係を築けるかどうか。 ぜひ初回のカウンセリングなどを利用して、ご自身の目でそして心で最高のパートナーとなる鍼灸院を見つけてください。
不妊鍼灸にはデメリットはあるものの不妊鍼灸にしかできないことがある
不妊治療の道のりは時に長く、そして孤独を感じることもあるかもしれません。
しかし、どうか一人で全てを抱え込まないでください。
ご自身の心と体に優しく寄り添い、本来備わっている素晴らしい生命力を引き出してくれる鍼灸治療という選択肢があることを知っておいてください。
不妊鍼灸は、ご自身の体と深く向き合うとてもパーソナルな治療です。
だからこそ、道のりを共に歩む信頼できる鍼灸師との出会いが何よりも大切になります。