体外受精で良好な受精卵を移植しても、なかなか妊娠に至らない「着床不全」は、不妊治療を受ける方にとって大きな悩みの一つです。
その原因として、妊娠しても流産を繰り返す「不育症」と共通する要因が隠れている可能性が指摘されています。
この記事では、着床しない原因と不育症との関連性、原因を特定するための検査、そして着床率の向上を目指す治療法について詳しく解説します。
「着床しない」悩みと「不育症」の関連性
「着床しない」状態である着床不全と、妊娠はするものの出産に至らない「不育症」は、問題が起こる時期が異なります。
着床不全は妊娠成立前の課題であり、不育症は妊娠成立後の課題です。
しかし、この二つの状態は全く無関係というわけではありません。
血液が固まりやすくなる凝固異常や、受精卵を異物として攻撃してしまう自己免疫異常、子宮の形態異常などは、着床不全と不育症の両方に共通する原因として知られています。
着床不全と不育症の定義とそれぞれの違い
着床不全とは、複数回にわたり良好な状態の受精卵(胚)を子宮に戻しても、妊娠が成立しない状態を指します。
一方、不育症は妊娠はするものの、2回以上の流産や死産を繰り返し、結果的に子どもを持てない状態と定義されます。
両者の最も大きな違いは、着床不全が「妊娠の成立前」に問題が起きているのに対し、不育症は「妊娠成立後」に妊娠を継続できない点にあります。
問題が起こるタイミングは異なりますが、原因には共通点が見られます。
両者に共通してみられる原因とは
着床不全と不育症には、母体側の要因として共通する原因がいくつか存在します。
代表的なものとして、血液が固まりやすくなり血栓ができやすい「血液凝固異常」や、自身の体を攻撃する抗体が存在する「自己免疫異常(抗リン脂質抗体症候群など)」が挙げられます。
また、子宮筋腫や子宮内膜ポリープ、中隔子宮といった「子宮形態異常」も、受精卵の着床や胎児の成長を妨げる共通の原因となり得ます。
さらに、夫婦いずれかの染色体構造に異常がある場合も、両方の原因となることがあります。
なぜ着床しない?反復着床不全の主な原因を解説
良好な受精卵を移植しても着床に至らない反復着床不全の原因は、大きく「受精卵側の要因」と「母体側の要因」に分けられます。
着床は、質の良い受精卵が、受け入れ準備の整った子宮内膜に適切なタイミングで出会うことで成立する複雑なプロセスです。
そのため、どちらか一方だけでなく、両方の要因が複雑に絡み合っているケースも少なくありません。
原因を特定するためには、それぞれの要因を多角的に調べていく必要があります。
良好な受精卵を移植しても妊娠しない「反復着床不全」の医学的定義
反復着床不全(Recurrent Implantation Failure: RIF)には、世界的に統一された明確な定義はまだありません。
しかし、一般的には「40歳未満の女性が、形態良好な胚を3回以上、あるいは複数回の胚移植で合計4個以上の良好胚を移植しても臨床的妊娠に至らない場合」が一つの目安とされています。
年齢も考慮され、40歳以上では2回以上の良好胚移植で妊娠しない場合を指すこともあります。
これはあくまで目安であり、個々の状況に応じて医師が総合的に判断します。
原因①:受精卵の染色体に起因するケース
着床しない最も大きな原因は、受精卵(胚)そのものにある染色体異常です。
見た目ではグレードが高く良好に見える胚であっても、染色体の数に過不足がある場合があります。
受精卵の染色体異常は、着床しない、あるいは着床しても初期で成長が止まってしまう(化学流産)主な原因となります。
この染色体異常の発生率は女性の年齢とともに高くなる傾向があり、受精卵の生命力の問題であるため、母体側に原因がない場合でも着床は成立しません。
原因②:母体の子宮環境や免疫・凝固因子に起因するケース
母体側の原因は多岐にわたります。
まず、子宮内膜ポリープや子宮筋腫、慢性子宮内膜炎など、受精卵が着床する「ベッド」である子宮環境の問題が挙げられます。
次に、受精卵を異物と認識して攻撃してしまう免疫システムの異常(免疫因子)や、子宮内の血流を悪化させる血液凝固異常(凝固因子)も着床を妨げます。
さらに、甲状腺機能の異常や高プロラクチン血症といったホルモンバランスの乱れ(内分泌因子)も、子宮内膜の環境に影響を与え、着床不全の原因となることがあります。
着床不全の原因を特定するために行われる主な検査
反復着床不全の原因は一つではなく、複数の要因が関わっていることも多いため、多角的な視点から検査を行い、原因を絞り込んでいくことが重要です。
子宮の状態を直接見る検査や、着床に最適な時期を調べる検査、さらには血液から免疫や凝固の異常を探る検査などがあります。
これらの検査結果をもとに、それぞれの患者に合わせた治療方針を立てていくことが、妊娠への近道となります。
検査は、次のステップに進むための重要な手がかりとなります。
子宮内の状態を直接確認する子宮鏡検査
子宮鏡検査は、子宮口から細いカメラ(子宮鏡)を挿入し、子宮の内部を直接モニターで観察する検査です。
この検査により、超音波検査では見つけにくい小さな子宮内膜ポリープや粘膜下筋腫、子宮奇形(中隔子宮など)、癒着の有無などを正確に診断できます。
また、慢性子宮内膜炎が疑われる場合は、検査時に子宮内膜の組織を採取し、病理検査に提出することも可能です。
着床の妨げとなる異常が見つかった場合、その場で簡単な処置や治療を行うこともあります。
着床の窓や子宮内フローラを調べる検査(ERA・EMMA・ALICE)
近年、子宮内膜の環境を詳細に調べるための検査が登場しています。
ERA検査は、子宮内膜の遺伝子を解析し、胚移植に最も適した時期である「着床の窓」がずれていないかを確認します。
EMMA検査は、子宮内の細菌叢(フローラ)のバランスを調べ、着床に良い影響を与えるとされるラクトバチルス菌の割合を評価します。
ALICE検査は、慢性子宮内膜炎の原因となる病原菌を特定するための検査です。
これらの検査は、より個別化された胚移植計画を立てるために役立ちます。
血液検査で判明する免疫異常や凝固異常
血液検査では、不育症の原因とも共通する免疫や凝固の異常を調べることができます。
具体的には、自身の体を攻撃してしまう自己抗体(抗リン脂質抗体など)の有無や、血液を固まりにくくするプロテインSなどの凝固因子の活性を測定します。
また、受精卵への免疫的な拒絶反応に関わるTh1/Th2細胞比などを調べることもあります。
これらの検査で異常が見つかった場合は、血液をサラサラにする薬や免疫を調整する薬を用いることで、着床環境の改善が期待できます。
夫婦の染色体構造を確認する検査
夫婦それぞれの採血によって、染色体の数や構造に異常がないかを調べるG分染法による染色体検査があります。
夫婦のどちらかに染色体の一部が入れ替わったり、位置が変わったりする「構造異常(均衡型転座など)」がある場合、本人に自覚症状はなくても、作られる精子や卵子の染色体に過不足が生じる可能性が高まります。
これが受精卵の染色体異常の原因となり、反復着床不全や習慣流産につながることがあるため、原因を特定する上で重要な検査の一つです。
着床率の向上を目指す治療法の選択肢
着床不全の原因を特定するための検査で異常が見つかった場合、その原因に応じた治療を行います。
例えば、子宮内膜ポリープがあれば切除し、慢性子宮内膜炎があれば抗菌薬で治療します。
一方で、検査をしても明確な原因が特定できないケースも少なくありません。
そのような場合でも、着床環境を総合的に改善し、着床率の向上を目指すための様々な治療法が選択肢として存在します。
医師と相談しながら、個々の状況に合った治療法を検討していくことが大切です。
血流改善を目的とした低用量アスピリン療法やヘパリン注射
抗リン脂質抗体症候群や血液凝固因子異常など、血栓ができやすい体質が着床不全の原因と考えられる場合に用いられる治療法です。
低用量アスピリンは、血小板の働きを抑えて血液を固まりにくくし、子宮内の血流を改善する効果が期待されます。
ヘパリンは、アスピリンよりも強力な抗凝固作用を持つ薬剤で、皮下注射で投与します。
これらの治療により、子宮内膜や胎盤になる部分の微小な血栓形成を防ぎ、受精卵が着床しやすい環境を整えることを目指します。
免疫の過剰反応を調整する免疫抑制療法
母体の免疫システムが受精卵を異物とみなし、過剰に攻撃してしまうことが着床を妨げていると考えられる場合、免疫抑制療法が検討されます。
例えば、受精卵への拒絶反応に関わるTh1細胞の働きが強い場合、免疫抑制剤であるタクロリムスなどを用いて免疫バランスを調整することがあります。
また、イントラリピッドという大豆油を主成分とする脂肪製剤の点滴も、NK細胞の活性を抑えることで着床を助ける効果が期待されています。
これらは専門的な治療であり、実施施設は限られます。
子宮内膜の状態を整えるPRP療法やSEET法
子宮内膜そのものの状態を改善し、受容能を高めるための治療法も開発されています。
PRP療法は、自身の血液から多血小板血漿(PRP)を抽出し、子宮内に注入する再生医療です。
PRPに含まれる成長因子が子宮内膜の菲薄化の改善を促します。
一方、SEET法は、胚移植を行う周期の数日前に、受精卵を育てた培養液のみを子宮内に注入する方法です。
培養液に含まれる成分が、子宮内膜に胚が来ることを知らせ、着床の準備を促す効果が期待されています。
生活習慣の見直しと栄養素(ビタミンDなど)の補充
着床環境を整えるためには、治療と並行して日々の生活習慣を見直すことも重要です。
バランスの取れた食事、適度な運動、質の良い睡眠を心がけ、血流を悪化させる喫煙は避けましょう。
特に近年、ビタミンDが子宮内膜の免疫機能を調整し、着床環境を整える上で重要な役割を果たすことが注目されています。
血中ビタミンD濃度が低い場合は、サプリメントでの補充が推奨されることがあります。
ストレスを溜めないよう、リラックスできる時間を持つことも大切です。
着床不全や不育症に関するよくある質問
ここでは、着床不全や不育症に関して、多くの方が疑問に思う点についてお答えします。
Q1.不育症の検査はどのタイミングで受けるのがおすすめですか?
一般的に、2回連続して流産を経験した場合に不育症の検査が推奨されます。
しかし、着床不全で悩んでいる場合は、流産の経験がなくても、その原因を探る一環として医師と相談の上で検査を検討することがあります。
気になる場合はまず専門の医療機関に相談しましょう。
Q2.着床不全に関する検査や治療に保険は適用されますか?
原因や検査・治療内容によって異なります。
子宮鏡検査や不育症に関連する一部の血液検査、低用量アスピリン療法などは保険適用となる場合があります。
しかし、ERA検査やEMMA/ALICE検査、PRP療法といった先進的な検査や治療は自費診療となることがほとんどです。
Q3.検査をしても原因がはっきりしない場合、打つ手はありますか?
原因不明と診断されることも少なくありません。
その場合でも、受精卵の染色体異常を移植前に調べる着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)や、子宮内環境を改善する治療、免疫療法などを試みる選択肢があります。
医師とよく相談し、考えられる対策を一つずつ検討していくことが重要です。
まとめ
良好な胚を移植しても着床しない原因は、受精卵の染色体異常だけでなく、子宮環境や免疫、凝固因子など母体側にも潜んでいる可能性があります。
これらの要因の中には、不育症と共通するものも多く、着床不全の段階で不育症の検査を行うことが有効な場合があります。
抗リン脂質抗体症候群のような特定の疾患が見つかることもあります。
原因を特定するための検査や治療法は多様化しているため、一人で悩まずに専門の医師に相談し、適切なステップに進むことが大切です。









